ボリショイサーカス


 ひょんな事でボリショイサーカスへ行くことになった。普通ひょんな事でもないと、行こうとは思わない催しである。確かに、「世界のボリショイサーカス」であることは認めるが、年柄年中、日本各地にやってきているような気がするし、木下サーカスと何が違うのか問われると今一つわからない。そんなものだろうと、たいして期待せずに出かけたのだが、至って感動してしまったので、書いてみる次第である。


東京臨海副都心
 時は7月の下旬、夏休み突入直後の週末である。場所は天下の東京ビッグサイト。東京臨海副都心の巨大展示場である東京ビッグサイトは、目下幕張メッセのライバルとなりつつある。とはいえ東京には、いまだに晴海の展示場がある。いくつ見本市会場を作るつもりか知らないが、一回見本市会場の収支計算は一体どのようなものか見てみたい。とにかく新しい施設であり、一度行ってみたいと思っていた。
 臨海副都心は計画当初と随分様相が変ってしまった事は衆目の一致するところである。昔、取引先が臨海副都心に賃貸兼本社ビルを建てるため、積極的に政治運動していたことを思い出す。臨海副都心は基本的には都の土地なので、土地を賃借する候補者を募り、入札を行おうとしていたのだ。その後青島知事の(今になっては)英断で、世界博が中止されてから、風向きが大きく変った。入札中のビルの半分近くはキャンセルされ、草がボウボウに生える野原だけが残った。(草といってもむかし造成地に必ず生えていたセイタカアワダチソウは何故か生えていない。)それと残ったといえば、その取引先から頂いたままの、政治運動に使われたテレホンカード(「われわれは第○号地に立候補しています」と書いてある。)が、今も私の手元にある。
 大誤算の臨海副都心だが、誤算は完成後にも起きた。それはゆりかもめの大混雑である。これについては、建設計画時にゆりかもめの融資の打診があった時、乗り物好きの私でもうまく行かないだろうと思って、ゆりかもめの会社の担当の人に「融資しない方がいいと思います」と、生意気な事を言ったことを覚えている。それがいまや輸送量の見込み違いと、大きく非難される始末。もし臨海副都心が予定通り完成していればどうなったいたのか? 
現在の臨海副都心は大きく3つのビル群に分けられると思う。一つはお台場海浜公園から台場にかけてのフジテレビ・日航ホテル東京にかけてのビル群と、テレポートセンターを中心とするビル群、そして東京ビッグサイトの3つである。現在お台場付近が人気ナンバーワンである。ビッグサイトはその中では一番奥地に位置し、このような催しでのない限り行く場所ではない。ビッグサイトというと、将棋盤のようなスタイルの建物をモニュメントにしているが、あの建物の中には展示場はなく、がらんどうである。そのモニュメントの周りに倉庫状の展示会場が散らばっているのである。モニュメントにしては、随分無駄なものを建てたものである。バブルの徒花といっていいだろう。


貸切バス
 東京ビッグサイトへの行き方は、新橋からの「ゆりかもめ」を使うのが一般的だが、今回は路線バスを使うことにした。都営バスの東16系統は、東京駅八重洲口から東京ビッグサイトへ行く路線バスである。しかし今回はこれでもなく、今年4月から都営バスが運行を始めた東京駅−東京ビッグサイト間ノンストップの快速バスを使った。この辺(あたり)からみんなから変っていると思われるのだけれど、この快速バスは至って快適なので是非お勧めしたい。但し本数が限られているので注意が必要。土日のみ運行で、一時間に1本である。快速バスは一般の路線バスのお下がりを専用車両に改造した車両が使われる。座席は全部二人掛けとし定員を増やし、座席定員制にして、必ず座れるようにしてある。料金は通常の200円に対し300円である。外装にはカッティングシールで、「ビッグサイト行き快速バス」を大きくアピールしている。
 さて、時間を調べずに東京駅に行ったのだが、タイミング良くバスがやってきて、乗車。しかし、われわれ夫婦のみ。「随分空いてるね」とか話しているうちに、発車。結局30分間の「貸切バス」になった。知られていないからだろうが、寿命が短いかもしれない。東京臨海副都心に行くのだから、きっとレインボーブリッジを通ると思っていたが、意外にも、月島・豊洲・東雲を経由する陸路で臨海副都心へ到達する。日頃通った事のない道なので目新しいが、印象に残らない景色だ。ノンストップなので、途中の停留所で各停の「ビッグサイト行き」のバスを、暑い中、待っている人には気の毒な気がする。渋滞もなく快速バスはビッグサイトのバスターミナルへ滑り込んだ。夏休みの間、この快速バスは都営の観光バスの車両を使って運行された。それもガイド付きであった。


展示場がテント
さて、ビッグサイトの一番奥の展示会場がそのままサーカスのテント代わりだ。展示会場の外には動物やら、道具やら置く場所が必要なので、スペースのある奥の会場が選ばれたのだろう。無機質な倉庫の中に放り込まれたという感じで、サーカス気分ではない。舞台正面には、ワイン色の緞帳が張られ「ボリショイサーカス」と金の刺繍の字か光る。サーカスらしい雰囲気はそこだけである。しかし、一旦サーカスが始まるとそのようなつまらない不満は吹き飛んだ。


サーカスという幻想の世界
 まず、最初のプログラムは、女性のダンスから始まる。サンバチームのような最低限の所しか覆っていない衣装での登場で、あまり子供には見せにくい演出である。家族サービスでお疲れのお父さん方に、早速「サービス」しているように思える。しかしこのダンスは、前半後半のプログラムの最初と最後に、必ず現れた。おそらくボリショイサーカスは世界中の公演でこのダンスを前後にやっているのだろう。とすれば、このダンスはボリショイサーカスのスタンダードで、このダンスで、サーカスという夢の世界に導いて行くストーリーなのだろうか? そう考えると世界中のお父さんの為とは言えないのかもしれない。
 次はフラフープ。いわゆる直径1メートルくらいの輪をお腹でくるくる回すあれである。しかしサーカスのフラフープとなるとレベルが人間業ではない。小柄な女性が、お腹どころか腰、太腿、足の先、腕、といったあらゆる所を使って同時に何本も輪を回すのだ。またその状態のまま、天井近くまで吊りあげられる。一気に会場は幻想の世界に引き込まれた。


動物達の曲芸に感激
 プログラムは続く。次は象の曲芸だ。この象の訓練も大した物で、後ろの2本足で立ち上がったりするのは当たり前で、驚いたのは前足一本で倒立することだ。それも丸椅子の上で一点倒立して、鼻には調教師の女性を乗せたまま、丸椅子が回転するという信じられない曲芸だ。
騎馬の曲芸は迫力があった。サーカスのステージは丸いのだが、その縁の部分を盛り上げて、馬が走れるようにするのだ。馬に騎乗する団員は中央アジアの遊牧民風の衣装を着ていた。団員は馬上で逆さまになったり、ぶら下がったりする訳だ。馬は円の内側に体を傾けながら、全速力で円を走るので気が抜けない。馬は急に止まれないらしく、演技が終わっても、会場外でせわしなく歩いているのが、幕間から見えた。
ボリショイサーカスの最大の呼び物はクマの曲芸だ。補助輪のない二輪自転車に「自分で乗り」、「自分で漕いで」走るのだ。等間隔に置いたパイロンの間をジグザグに走ったりもする。指示されると自分で、方向を変え、幕間に消えていく。
次はバイク(当然二輪)である。これも全く人手を借りずに自分で運転している。会場を暗闇にするとライトを点けて(クマが点けたかはわからない)臆することなく走っている。クマというのは結構賢いのだと思った。

人間の方は今一つ
 後半最初のプログラムは、定番の空中ブランコ。ところが、ほとんど失敗と言ってよいほどであった。成功したのは二回ほどで、あとは何度やっても、タイミングがことごとく合わず、結局最後の決め技も決まらず、締まりの悪いものとなってしまった。
 演題の間に出てくるピエロの2人組みはどうも良く分からなかった。単なる時間潰しにしか見えず、文化の違いか、ギャグが全くわからない。私は「笑い」というものに、文化の差が大きな障害になるのは仕方ないと思っている。例えば、日本のなぞなぞ(例:英語って何語?答えは日本語)といった「言葉の遊び(=表現)の笑い」というものは、なかなか外国の人には理解してもらえない。以前なぞなぞの意味を、外国人にさんざん説明したことがあるのだが、無理だった。識者に聞いても、どうも理解されないものらしい。しかし笑いが「ボディトーク」の場合さほど文化は関係ない気がするのだが、ロシアのピエロの表現は理解できなかった。

ロシアの将来は?
今回見た公演は、来日初日の第二公演とあって、旅の疲れが出ていたのか、団員(人間)の調子が悪かった。ところが、長旅や、真夏の日本の気候にもかかわらず、いつも通り素晴らしい芸を披露したのは動物達の方である。
これは今のロシアを象徴していないか。いまロシアでは、社会主義経済から市場経済移行が、歪んだ形で行われたため、一部の富の集中と、脱税と、賄賂と、企業会計の不明朗が一気に噴出している。そのため通貨ルーブルの信用が失墜し、金融機関が機能停止したため、経済が回らなくなった。ロシアの場合、アジアの通貨危機と違い政治問題が根本にあるだけに回復の途は遠い。
ボリショイサーカスの団員にロシアの現状を、あてまはめるのは酷かもしれない。しかしボリショイは優秀なドルの稼ぎ頭であることには間違いないだろう。空中ブランコに見られたとおり、8回中2回しか成功しないというのは、いかにもおかしい。やはり、動物は正直である。            以 上

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