向ヶ丘遊園の盆踊りに行く
盆踊りに行こう
今年は変な夏だった。7月上旬は記録的な暑さになり、最大電力消費を更新し、エアコンの売上も伸びた。景気回復のためには、暑くなるべき時は暑くなきゃ、と思ったが、それからが変だった。7月下旬になっても梅雨は明けず、とうとう東北地方は梅雨明けできなかった。8月に入っても蒸し暑い割には晴れる日が少なく、8月下旬には記録的な大雨に見舞われた。といってもこれは、関東以北の話題であり、箱根の山の西側は毎日暑い夏らしい日が続いたらしい。
夏らしい気分にならないので、夏の行事に参加すればいいかなと思い、見つけたのが向ヶ丘遊園の盆踊りだった。8月15・16日の両日、夜間営業をして、縁日と盆踊りをするというのだ。向ヶ丘遊園は自宅から電車で三駅と近いのだが、特に遊園地へ行く動機がないので、いままで行ったことがなかった。今回行こうとして気が付いたのは、向ヶ丘遊園が小田急が運営する遊園地であることだ。
鉄道会社の遊園地
東京には遊園地がいくつもあるが、電鉄系の遊園地は意外に少ない。
私鉄は戦後、路線を伸ばすと共に沿線の宅地開発を進めたことは有名である。しかし関西の私鉄は、それに加えて遊園地と歌劇団とプロ野球球団を作った。喩えていうと、阪急は宝塚ファミリーランドと宝塚歌劇と阪急ブレーブス、阪神は阪神パークと阪神タイガース、近鉄はあやめ池遊園地とOSK歌劇団と近鉄バッファローズ、京阪は枚方公園、南海はみさき公園と南海ホークスである。
ところが在京の私鉄はどうだろうか。京急・京王・京成にはどれもなし。東急には二子玉川園があるが今はナムコに賃貸、ちなみにこどもの国は国営。東武は東武動物公園、西武は西武遊園地と(随分最近だが)西武ライオンズで、そして、小田急の向ヶ丘遊園である。この向ヶ丘遊園は関西で言うところ私鉄の遊園地の王道を行っている。まず、第一に遊園地名を名乗る駅があり、優等列車が止まること。次にプール(冬場はスケートリンク)と遊園地(但し絶叫マシーンはないこと)、と(何故か)ステージがあること。最後に「鉄道資料館」があること。そんな向ヶ丘遊園に関西出身は親しみを感じる。向ヶ丘遊園の中に、小田急の創設者の銅像を見つけた。その銘版には小田急電鉄の創設と開業後の苦労が端的に書かれてあった。確かに民営で小田原まで鉄道を引くというのは、今考えても並大抵な財力ではない。というより現代の日本において民営で鉄道を引くことはほとんど不可能である。したがって、今後鉄道路線距離が限界的には延びることがあっても、大きく延びるということはありえないだろう。もっと大きい意味でいうと、今の日本で何か新しく事業を起こそうとするのもかなり難しい。仮に成功しても事業の拡大と共にリターンは大きく低下し、先行者メリットは独占しにくい。
私鉄の遊園地の考察から脱線しすぎたが、銅像を見上げていると、21世紀に向けた日本の産業とはどういうものであるべきであろうか?と考え込んでしまった。
アクセスはモノレール
話が外れたが、8月16日の夕方、妻と二人で向ヶ丘遊園へ向うことにした。向ヶ丘遊園駅から、向ヶ丘遊園正門まではモノレールに乗る。このモノレールれっきとした小田急電鉄の運営(モノレール線)で、街中を走るのだが、扱いは遊園地の一部になっているのが滑稽だった。まず、全国時刻表に路線地図・時刻とも載っていない。御岳山や高尾山のケーブルは載っているのに何故外されているのだろう。小田急本線と通しの切符を売っていないため、向ヶ丘遊園駅を出て同駅名を名乗るモノレール乗り場で改めて切符を買う。小田急のプリペイドカードも使えない。これが片道100円と遊園地価格、往復では160円で、破格の割引率。またやってきたモノレールも大変な時代物である。昭和40年製造とあるが、リニューアルしてあるので、中はまあまあきれい。しかし左右に揺れる乗り心地や、呑気なスピードは遊園地のモノレールの趣である。レール(と言うのだろうか)は錆だらけで、維持も大変と思われる。いつ廃止になってもおかしくない。向ヶ丘遊園は鉄道の利用を進めるために設けられたことは言うまでもない。しかしながら、向ヶ丘遊園には第一から第五までの巨大な駐車場があり、来園の太宗は自家用車によるものと思われる。その証左として遊園地の前の旧府中街道は渋滞の名所である。ちなみにモノレールは水曜日の午前中と、11月から12月にかけて点検のため運休する。
ノスタルジック向ヶ丘遊園
さて、約3分で向ヶ丘遊園正門に着いた。向ヶ丘遊園は多摩丘陵の東端に作られているため、崖の上に位置するといってよい。これは自然景観を生かした効果的な作りであると言ってよい。正門を入ると、花の大階段を登るか、フラワーエスカレーターに乗って丘陵の上に登らねばならない。つまり、登り終えたところから実質的な遊園地が始まる訳である。階段の頂上からの展望は素晴らしく、東京方面が一望できる。いかにも別世界に来た気分になれる。
パンフレットを見ると園内は想像以上に広く、さまざまな施設があることがわかった。向ヶ丘遊園の一番の売りは花いっぱいのフラワーガーデンのようだ。
先の花の大階段や、ばら苑、つつじや、桜、蘭の温室や菊花展など、1年中花が絶えない仕組みになっている。しかし今時花を見て喜ぶ子供は稀だろうし、若い人は関心も低いだろう。しかし少しでも流行について行こうとする姿勢はあって、比較的新しいハーブガーデンがあった。しかしそれは残念ながら手入れが不足がちで、もったいない。いずれにせよ、花の手入れは手間がかかるため、その維持には大変なコストがかかるだろう思われた。
遊園地の遊戯施設は、豊島園やよみうりランドに比べると時代遅れのものであった。一番過激そうなローラーコースターでさえひっくり返らない。小さい子供向けの遊園地とも言えそうだが、若いカップルには論外の内容だろう。隣接する遊園地は絶叫マシーンを争うように導入しており、追いつくのは難しいと思われる。どうしてここまで遅れてしまったのかと思うが、これが私鉄系遊園地たる所以であろう。安心して小さな子供を連れて来れる遊園地というコンセプトは理解できる。しかし、いま金払いが一番いいのはカップルであり、子供連れ狙いでは、少子化に加え、不景気が家計を圧迫する環境が続くようでは、まずい戦略ではないか。
とは言えこのシーズンはほとんど来園者の目的はプールである。近隣に大きなプールがないだけに人気があるようだ。時速50kmで直滑降するチューブスライドが売りらしい。いずれにせよその日の日中はかなり暑かったので、プールは大入りだったようだ。
ブースカランドの登場
起死回生を図って(そこまで意気込んでいるともおもえないが)向ヶ丘遊園が1年ほど前に開設した最新の施設が「ブースカランド」である。ブースカといって懐かしいと思うのは、少なくとも40歳近い人だろう。昭和41年から42年にかけて放映された、円谷プロ制作の「快獣ブースカ」のことである。発明好きの大作君によってイグアナから作られた快獣ブースカはラーメンが好きで(30杯はいける)、空を飛べる超能力を持つ。ブースカは大作君やその友達と数々の冒険をする。出っ歯で出べそを持つ、ユーモラスな風貌や親しみやすいキャラクターは時代を超えて愛されているという。最近密かな(?)ブームになっているらしく、インターネットでもホームページがある。ブースカ語もあり、怒った時は「プリプリのキリリンコ」、愉快な時は「バサラバサラ」失敗した時は「シオシオのパー」といったかわいいものだった。当時視聴率は最高26.4%を記録し、放映は予定以上に延長され、チャメゴンという弟も登場した。ブースカの声は「サザエさん」のかつお役の高橋和枝であった。
最近の向ヶ丘遊園はウルトラマンショーを売りにしており、ブースカランドもその延長と思われる。何かと円谷プロと仲が良い。実は快獣ブースカの第31話[とんで来た遊園地]で、ブースカが子供たちのために遊園地を作る話がある。これをブースカランドと呼んでおり、そこからネーミングしたのだろう。
しかしそのブースカランドは、タダの子供向けアスレチックで、アスレチックの中に動かないブースカの人形が立っているだけなのだ。とても大人が入れる雰囲気ではない。(料金表を見ると、一人400円だが、付き添いの方は200円となっている。)このブースカランドのキャッチフレーズは、「パパ&ママは良くご存知のかわいい快獣ブースカと遊ぼう!」いうものだが、今のパパ&ママが本当にブースカを見て育った世代だろうか。
ところがこのブースカ、当遊園地では大人気なのである。着ぐるみのブースカが園内を”ウロウロ”しているのだが、みんな大人も子供も「ブースカ!ブースカ!」と、取り囲み、写真を撮ったり握手したりで大騒ぎ。良く見ると確かにかわいい。(大袈裟でなく)世代を超えたキャラクターといえよう。ディズニーランドのミッキーマウス並みに、向ヶ丘遊園のコンセプトキャラクターに仕立てたらどうだろうか?うまく行くかも知れない。ちなみに園内にあるブースカショップはブースカのキャラクターグッズが置いてあり、見るだけでも楽しい。妻はブースカのメモ帳を買った。
ブースカ音頭
さて一通り園内を一周すると暗くなってきたので、大観覧車に乗ってみた。花の大階段の頂上も景色が良いが、その上に位置する大観覧車からの景色も予想通りなかなか素晴らしい。すいている時はゴンドラを一つ置きにして乗せるとは知らなかった。また観覧車の駆動は輪の中心を回すのでなく、輪の外側(ゴンドラがぶら下がっているところ)を回すというのも初めて知った。(知ったところでどうなるか)一周するとちょうど日も暮れ、夜の遊園地らしい独特の雰囲気になってきた。
さて、盆踊り会場では、さまざまな夜店が並び、提灯が飾られ、どこの町内でもある盆踊り風景が始まっていた。探鉱節が何度か流れ、踊り連のご婦人方の先導で踊りの輪が広がる。浴衣を着た小さい子供も一生懸命踊っている。小一時間程眺めて雰囲気を楽しんだ。そろそろ引き上げようとしていたところ、司会役のおじさんの野太い声が、特設本部のスピーカーから流れた。「それではブースカ君と一緒にブースカ音頭で踊りましょう。」 探鉱節からのギャップで、どうなることか思ったが、逆に会場は盛り上がった。舞台に登るブースカに大きな人の輪ができ、スター並み。舞台のブースカは何故か向ヶ丘遊園のハッピを着て、ブースカ音頭を踊った。動作がなかなか愛らしい。但し、踊りは余りうまくなかったが...。
夕方数時間の外出だったが、いろんな事を知り、考えた。ぱっとしない夏にしてはちょっといい思い出になった。
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